
2025年11月アシュラムリトリート体験談
Gqux 様
この度、2025年11月1日から9日まで参加させていただきました。
スワミジ師、サティヤプレムジ、セヴァの方々には大変お世話になりました。
現場で率先して、大勢の参加者の対応をされているサティヤプレムジの細かいお心遣いには驚かされるものがありました。また、今回同席した同じ志の参加者の方々とも交流を深められた事も有り難いと感じました。
去年の11月から3回目のリトリートになります。
3ヶ月以上前から、サンカルパヨガ瞑想のクリヤヨガの力なのか、とても自分の内面が変わっていくのを感じていました。
リトリート参加10日前くらいから、光と聞いてイメージする感じではなく、言葉で表現しにくいとても透明感のある、静謐な、精神に作用して、心を直接高揚させるような…
そういうのが2.3回続いた後、今度は
言葉で表現することができない程の、「とてつもない何か」を感じ出していました。
どんな言葉を使っても、ひとたび言語化すると陳腐で味気ないものになってしまいます。
ただ、「とてつもない何か」「とんでもない何か」としか言いようがなく、リトリート直前まで天国のような気持ちで過ごしていました。
その体験の影響で、努力しなくても勝手に自分のエゴが剥がれ落ち、
人として生きていけないので全てでは無いでしょうが、過剰なエゴや執着が抜け落ちて人として軽くなっていく体験もまた、素晴らしいものでした。
それはサンカルパヨガ瞑想はもちろん、スワミジ師の「 臨在」が原因である事も分かっていました。
しかし、お試しなのか?
突然リトリート2日程前に、ちょっとした事件が起こり、かなりの最新的ダメージを負ってしまいました!
いっときの事でしたがここまで動揺したのは本当に久しぶりでした。
ただの事務的なうっかりミスなのですが、
今までやった事がないようなしょうもないミスのせいで、色々な被害が発生していた事にずっと気が付いていませんでした。
更に新幹線で富山を目指す道中はトラブル続きで、今までで一番大変な道のりで、
疲労困憊しながらも気を取り直してリトリート初日を迎えたのでした。
リトリートの内容としては、
今回は8泊9日間、坦々と自分の瞑想を深め続けるリトリートだったと思います。
日々の瞑想が深まるにつれ、
言語化出来ない「とんでもない何か」が、
「なんか凄いなにか!!」
「もうなんか凄すきる何か!!!」
へと変化して、毎晩かなり様々な種類の強烈な体験もありつつ、何が起きて何を感じているのか?
も理解しつつ、坦々と深め続ける充実したリトリートになったと思っています。
最後の晩も凄かったのですが、
更にもう1日2日と滞在を延ばせばもっと凄かったと思います。
これからの日常生活で、またリトリートで得た物を深め続けていきたいと思います。
リトリート中の長時間瞑想は、あまりにも色々な変化があり過ぎて、
変化の大きさに肉体がついてこれない感じで、
今までのリトリートでは感じる事がなかった疲労感を、所々で感じていました。
最後は早めに切り上げて、長旅になるので帰る前に1時間ほど休んで(寝て)からアシュラムを後にしました。
あくまでも私個人の感想に過ぎないのですが、
サンカルパヨガ瞑想の特異性について軽く触れてみたいと思います。
世の中には伝統儀式によるエネルギー伝授系の瞑想体系が、インド系に限ってだけでも、結構な種類の瞑想法が世の中には存在します。
私自身の独段と偏見の感想ではありますが、
その人が生まれながらに本来持ち合わせていて、大事に守りながら生きていかないといけない種類の、
その人自身の本来内面にある神様のエネルギーを、
毀損せず、奥に押しやらず、邪魔しない伝授系の瞑想法は、
私自身の主観でしかないのですが、サンカルパヨガ瞑想しかないと感じています。
個人的な会話の中でスワミジ師に、サンカルパヨガ瞑想以外はすべきではないと言ったら「私もそう思っている」と仰っていました。(会話中こちらの意図がちゃんと伝わっていたかは定かではないですが)
他の方法でも精神的な素晴らしい体験はいくらでも積めます。
サンカルパヨガ瞑想よりも楽でポップで自身の生活に導入しやすい流派も他に幾つもあるかもしれません。
具体名は挙げれませんが、私が知る限りのほぼ、ではなく全ては、
とても素晴らしいものもあるのですが、それでも内側の伊勢白山道的な内在神を奥に押しやらないものはサンカルパヨガ瞑想しかないと感じています。
自分の中ではとても大事な譲れないところです。
それどころか、本人がたとえ気づかなくても、内在神をサンカルパヨガ瞑想は、強力に活性化します。
他は、残念ながら奥に押しやります。
その分外部から与えられたエネルギーで、色々体験します。
なんでそんな事が分かるんだ!
っと怒られそうですが、あくまでも個人の主観に過ぎないと言うことでご容赦ください。
神道では産土(うぶすな)神といい、生まれる時にその地域の産土神が内在神として胸の奥に入り、共に最後まで生きていく、とされています。
ラマナ・マハリシも、それは胸の中央から3センチ右の狭いわずかな1点の奥、と言っているらしいです。
自分は17歳から30歳くらいまでは瞑想オタクでした。そこから伊勢白山道を知り16年ほど全く1度も瞑想しない生活を貫きました。結構な古株古参です。
そこからまた45歳くらいから自己流瞑想→サンカルパヨガ瞑想という経緯を辿っています。
伊勢白山道は、わりと精神世界では有名ですが、
その中で内在神とは、生まれる時に、誰にでも与えられるその生まれた土地の精霊で、神道では産土神と呼ばれ、大元の根源の神様にも繫がるとされています。
毎日の行動、意識、心がけ、言動etc・・それぞれが内側の内在神に影響します。好不調の波も人間だからあります。
しかしサンカルパヨガ瞑想の場合はするだけで、勝手に限りなく活性化してきます。
グルとか、瞑想グループとか、伝授とか、伊勢白山道的に全く相容れない禁忌事項のはずが、
スワミジ師とサンカルパヨガ瞑想だけは大丈夫どころか!大いに助けになる!!と感じています。
高次のエネルギーと言われるものを貰って浄化のような物が起きることはあります。
それはそれで良いかもしれませんが、実質は別の色種類のエネルギーで動かしただけと、内在神の視点から言えます。
内在神は萎みます。
自分はリトリート初参加の2週間前に、ハンドボールくらいの大きさの内在神が、スワミジ師のエネルギーで身体を覆い尽くすほど巨大化し、それに包まれる体験をして、100%の確信を持ちました。
精霊までも活性化させるのか!と当時は驚きました。
ココだけの話、総括するとスワミジ師経由またはサンカルパヨガ瞑想でしか本当の意味での浄化という現象は起きていない。
と個人的には考えています。
清められることで、内側の内在神が表面に出やすくなる。
他では奥に押し込めている。
しているつもりでも浄化ではなく「変化」させている。
1年間のプラクティスを通じて、一度ちゃんとこの事についてネット上で書いておきたいと思うようになっていたので、僭越ながら暴論を書き散らしてしまいました。
あくまでも個人の意見.主観.感想でしかないので、
相容れない意見の方はご自身の意見を尊重されて下さい。気を悪くしたら申し訳ございません。。
この文章がどなたかに引っかかる事があれば幸いです。

