2025年6月アシュラムセヴァ体験談 加地典子様

 

加地典子様

アシュラムセヴァ体験談

私は今回のきこりを通して、自分が一番受け取れる形で大切なものをいただけたと感じました。 今回は庭を車で一周できるようにして駐車場を作るのが目標でした。 沢山木を切らなければいけない可能性に植物大好きな私は抵抗する気持ちもありました。 

前日からきこりの風さんとゆうごさんが入ってくださり、伐採や大きな石をどかしてくださっていました。 到着するとスワミジ様が庭のリクエストを一緒に回りながら伝えてくださいました。コーナーに伐採されたクルメツツジの根を見て、このツツジの根っこは根が浅いので抜きますか?とお尋ねしたところ、根っこでも分かるんだねと話されていました。それを聞いて私の抵抗が強くならないように私の最愛のツバキたちをいくつか事前に切ってくださったことを察しました。目の前で切られると反抗してしまったと思います。私が反発してせっかくのセヴァで受け取れなくならないように細やかな配慮をしてくださっていたと思っています。 

今回の大事業は重機なし、ほとんど素人でプロは私と風さんだけということで、終わらないのではないかと思っていました。庭全体がそれでよくなるのか想像できず、ただ植物が切られるだけになるのも心配していました。 ところがアシュラムに到着して作業を始めると土工事をゆうごさんが仕切ってくださり、邪魔な伐採を風さんが通れるようにして、伐採された枝をどかすのを男性たちが、最後に邪魔な枝をバッサリ切られた木を女性陣が整える。そのような具合に無理なくみんながセヴァに参加できていました。終わらないと思っていた作業は目標まで終わり、庭は明るく美しい空間になっていました。

そして参加した人はヘトヘトといった様子もありませんでした。 私は自分の仕事へのプライドと傲慢さを実感してしまいました。スワミジ様の見える世界を私は見えていなかった。それに対して疑念すら持っていたのです。 私がすべきことはスワミジ様がおっしゃっることを実践すること、そのために自分の持っている知識、技術を差し出すことだけだったのです。 庭が整うと植物たち1つ1つが良く見えるようになりました。自給自足のアシュラムとスワミジ様はおっしゃいます。 果樹を植えたらいいね、何がいいかな?サティヤプレムジに相談していました。サティヤプレムジはセヴァが忙しいので日常管理ができなくてもできるものがいいと話していました。 

なるほどと思い、庭を見回すと柿、梅、お茶、フキ、三つ葉、みょうが、うるい、カンゾウなど食べられて手がかからない植物たちが沢山ありました。既にあったんです。自給自足のアシュラムへの一歩は既に願いは叶っていました。あとは食べられるものを分かるように植え直したり、名札をつけるだけです。 庭の中央にはユズリハが出ていました。ユズリハは新しい芽が展開すると古い葉を落とします。代々受け継がれるように願いを込める縁起物です。植えた訳でもないのに、芽吹いたことに感動を覚えました。スワミジが霊統を正式に受け取られたと感じたからです。 

作業の最後の確認で車でスワミジ様と回った時に邪魔になるツバキがありました。それを根元から伐採しましょうとお伝えしました。すると、典子ちゃんが好きだから邪魔なのは分かっていたけど切らなかったと話してくださいました。 ツバキは私にとっては特別な花です。それを切る決断を自分にさせてくださったのだと思いました。愛してるからこそ、手放す。それが私はとても下手です。それに気付かせていただき、前に進めていただきました。

 

スワミジ様やサティヤプレムジ、皆様の慈愛も実感しました。キジの卵があり、住んでいるようでした。ところがきこりセヴァの騒がしさにどこかに親鳥は逃げていました。卵をサティヤプレムジはそっと触れないように保護していました。スワミジ様もそれを気にしていらっしゃいました。なんてお二人とも優しいのかと感動しました。最後にスワミジ様の後ろのツバキにチャドクガが出ているのを発見しました。これは危険と私は無意識で虫が付いた葉を取り、踏み潰してしまいました。スワミジ様はとても辛そうな目で見られていました。そして、この仕事に付いてから無意識で虫の命を絶つような行為をしている自分に気付きました。そっと他の場所に移せばいいだけだったのに、私はなんと無意識で傲慢なのだろう。私もお二人のような慈愛を自分から掘り出したいです。

 

 ずっときこりを引っ張ってくれた風さん。風さんの霊的成長はきこりセヴァが始まってから10段飛びぐらいでした。 私は言葉や人との関わりあいより、植物や昆虫、鳥や石などの自然を通すとスワミジ様からの学びを素直に受け取ることができるようです。 私にはピッタリのセヴァだと思います。植物の仕事をして30年、その知識、技術をスワミジ様に差し出すことは私の半生以上を差し出すことです。ありがたい機会をいただけて感謝いたします。

タイトルとURLをコピーしました