2026年春季アシュラムリトリート体験談 加地典子様

2026年春季アシュラムリトリートの体験談を頂きました。

加地典子 様

5日から31日間の寝ない、横にならない、食べない、無心のサンカルパヨガスタイル四無行で10日間達成されました。

 

今回のリトリートは初の10日の寝ない、横にならない、食べない、無心のサンカルパ式四無行に挑戦でした。他の参加者が道を切り開いてくれたおかげで10日できるような気になり挑戦することにしました。スワミジ猊下は(君ならできるよ)と誰にでもよく仰います。以前はまたまた私なんてと言っていました。しかし猊下ができると言えばできる、大丈夫と言えば大丈夫なのだと現在は信頼しています。そして信じたほうが得です。

 

結果として、私は10日のサンカルパ式四無行を達成することができました。私はストイックとは正反対の性格です。そんな私がやり遂げられたことは猊下やアバター様、パイロットババジ猊下のお力以外の何者でもありません。そして私がしたことは信頼して挑戦してみたことだけでした。

 

10日の瞑想で得た大きな気付きの1つは私だと思っていたものが私ではないという感覚です。猊下は一見良さそうなマインドも全ていらないと講話の中でお話されました。なので今回私は全てのマインドをモグラ叩きのようにサンカルパヨガで退治していました。そうしたらツバキを好きな自分、お腹が空いたとアピールする自分、瞑想のことを頭で考えている自分などが叩いた途端消えるのです。だけど私はいる。えっ?じゃあ今まで自分と思っていたのは自分じゃないってこと?マインドというモグラってこと?とビックリしました。本当の自分は奥にいてそれは神様だという話はよくあり、頭では理解してましたが僅かでも実感したのは初めてでした。また、マインドは叩き続けると叩かなくて見るだけでいなくなることもありました。マインドがいなくなると背筋が知らない間に伸びて不動の姿勢で座れていました。これができるようになるときっと他の皆様のようにあっという間に時間が過ぎるのだと分かりました。私はあっという間までの感覚ではありませんが、最初に5時間の瞑想に挑戦した時の悶絶の5時間に比べればトイレまでの3時間半の瞑想などは駆け抜けるような速さです。これは一瞬でも無心になれているからだと猊下は仰います。無心はサーマディから来るそうです。

今回私は膝が悪いので椅子に座っての瞑想でした。膝が変形しており、日常では歩いても常に痛みがあり、正座やあぐらも長時間は難しくなっていたからです。しかし、他の参加者の方がアルターの前で気持ちよさそうに座っている姿と翌日のスッキリした顔を見て私もやりたくなりました。アルターの前に瞑想の姿勢で座ると、あれ?意外と座れる?と思うと、マインドが出てこない時間が途切れながらもあり、脚を崩しながら1時間座れていました。膝を痛める前より楽に座れていました。おかしいと思い立ち上がると変形している左膝が真っすぐになっていました。変形してからずっと少し膝が曲がったままになっていたので驚愕して猊下にお伝えにいきました。猊下はポカンとされて、良かったね、良い話はみんなにシェアしようねとだけ話されました。でもこれは猊下とアバター様、パイロットババジ猊下が治してくださったに違いないのです。今までいくつも目撃してきました。私にとって一番の奇跡は私の主人の脳腫瘍の手術のときに起きました。ピンポン玉大の固い腫瘍だったため、歯石をとるような器具を使わざるを得ず、脳に傷をつけてしまったようで脳内出血したと病院から連絡がありました。一時は主人は植物人間や半身不随になってしまうのではないかと思っていました。それが5時間後に再び病院から連絡があり、血が引いたというのです。執刀医の先生は加地さん自身に助けられたと話していましたが、サンカルパヨガに参加されている医師はありえないと話していました、あぁ、本当に守っていただいているんだと感動して涙が溢れてきました。その後はアルターの前でずっと泣いていましたが、感情に巻き込まれた涙ではなく汗のようでした。その間ずっと全てのことに感謝が湧いてきました。良いことは勿論、悪いと思っていたこともオセロが裏返るように感謝に繋がっていきました。猊下、アバター様、パイロットババジは勿論全ての出来事、出会った人々、出会えた景色などです。この感謝に出会えたことはこれからの私の道しるべになると実感できました。全てに感謝。頭で理解するのと内側から気付くことはこんなにも違ったことにも驚いています。これも導いていただいた大切な気付きとなりました。

最後にビジョンとしてみたものが印象に残りました。それは瞑想中に見た私好みの音楽のミュージックビデオのようでした。歌詞も曲も凄く感動して絶対に覚えていようと思っていたのに忘れてしまいました。しかし覚えている映像が少しあります。なんかギラギラしたような街?みたいなところに種をアバター様らしき方に撒きなさいと言われて最初は抵抗するけど水と一緒に撒くビジョンでした。その種は血や汗でビッショリの布に包まれて大切に私が握りしめているものでした。その花の種は私の人生でいただいた最も嬉しかった花束の種でした。それは昔ある方が私に作ってくれたもので色んな花が一輪ずつ入っている花束でした。私は花の仕事をしています。その花束はお世辞にも綺麗とは言えない出来栄えでした。そしてくださった方は一生懸命私に花の説明をしてくださいました。だけど残念ながら全部知っていて、その方はガッカリしていました。なんでお花をくれたの?と聞いたらだって花好きだから仕事にしてるんでしょ?と言ってくれたのを聞いて号泣してしまいました。そこには純粋に相手の好きなものをあげて喜んでほしいという気持ちが込められていたのを感じたからです。私はその号泣した自分に当時困惑していました。私はスッカリやさぐれていて、そんなピュアな自分がいたことにとても信じられなかったからです。だけど、どこかで大切に思っていて、そのピュアな自分だけは誰にも傷つけられたくない存在だったように思います。それでマインドでガチガチにして守ってきたのだと、そのビジョンを見て感じたのです。そしてもう純粋さを見せてよい、人に分け与えなさいということなのだと理解できました。

モグラとして叩いている最中ですが、そんなマインドにも守ってくれてありがとうと今は感謝しています。

この10日間の瞑想でいただいたものは10回の人生をやり遂げたものより大きいことを実感しています。

本当にありがとうございます。

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