
2025年8月インド巡礼体験談
かずみん 様
私は思春期の娘の子育てに悩むごく普通の主婦です。
スピリチュアルにも宗教にもあまり関心もご縁もなく、家族に愛され、愛するごく普通の人生を歩んできました。
それが2023年9月ごろから急に「瞑想」というキーワードが私にたくさん入ってきてご縁がつながり、10月13日にスワミジ師に初めてお会いすることになりました。私は自分がもっと変わりたいと思っていた時期で、「これは瞑想をしろということかな」となんとなく感じ、2024年5月に初めてリトリートに参加して、初めての本格的な瞑想にもかかわらず5日間なんとか座りきることができました。サンカルパヨガ式四無行は『寝ない、横にならない、食べない、無心』の達成ですが、なんの瞑想経験もない私が挫折せずにできたのは、アヴァター様方やスワミジ師の恩寵以外に考えられません。それからさらに2度のリトリートに参加しましたが、修行時間だけみると瞑想を初めてまだ一年半も経っていないのです。
そんな私が、たまたま最初のリトリート直後の2024年7月に個人旅行でインド行きを決めてたことから、観光を取りやめてスワミジ師に同行させていただきました。そして、ほぼ一年後の今回も2回目の同行をさせていただく機会を得る幸運に恵まれました。
今回はスワミジ師、サティヤプレムギリジ、他3人と一緒に巡礼の初日から同行させていただきました。
私以外の3人はスワミジ師や他のグルジのもとで長年において修行をされてきた方々です。今回は彼らと一緒に行動することで、グルとはどんな存在か、サレンダーとは、バクティとは何かなど、本当に初歩の初歩、基本的なことに少しずつ理解を深める旅となりました。
まずは初日に、「ハートから話す」というキーワードがありました。
私以外の皆さんはハートからお話することができているのに、私はマインドからペラペラ話してしまうという指導を受けたのです。「ハートから話すってどういうことかな?」とピンとこない私に、スワミジ師はまず「サイレンスが大事。そしてゆっくり話しなさい」とアドバイスをくださいました。確かにみなさん、しっかりスワミジ師の話を聞き、ゆっくり穏やかな話し方です。南伊豆巡礼でサラスバティギリジにも「目を瞑ってね」と言われたことも思い出し、スワミジ師が話される時は目を瞑って黙って聞くことをずっと意識しました。
二日目の大きな学びは二つありました。
まずはパシュパティナートジが私たちに指導してくれた言葉。「あなた達はスワミジ師のことを第一に考えて、自分(パシュパティナートジ)やサティヤプレムギリジのことはもっとその後」ということ。
わざわざデリーまでスワミジ師を迎えにきて、ずっと側でみんなをサポートしてくれるパシュパティナートジに申し訳なくもありがたくて何かと気を配ろうとする私たちに、まずはグルジを最優先にと言ってくださったことで、自分たちの迷いがなくなりました。
また、「パイロットババジ猊下と一緒に旅をして、割り勘などということはあり得ない。自分たちもスワミジ師にそれをしてはいけない」とハッとさせられた気付きがあり、私たちは全員が同時に自然と同じ思いで「私たちがいる間は自分たちが全て担おう」という行動を取ることができました。
そうすると不思議なもので、みんなが同時に「スワミジ師、サティアプレムジに正装着をプレゼントしたい」「スワミジ様にはお身体を最優先にリキシャではなくタクシーを使っていただかねば」などと考えるようになり、そこに一切の相談は不要でした。お互いの顔が、目線が、沈黙のうちに「そうしよう」と認識し合って、気持ちよく事が進んでいったのです。
今回一緒に行ったメンバーだからこそ全てよい雰囲気の中でスムーズに進み、お互いの学びも多かったと思います。
このメンバーはスワミジ師とサティアプレムジがインスピレーションからお声がけしたとお聞きしましたが、まさにさまざまな面で完璧なチームでした。
特に一番未熟な私はみなさまからの学びが本当に多かったです。
初日から6日間、同じ部屋で過ごしたかじのりちゃんはサンカルパヨガ・ファンデーションの最古参です。旅ではメンタル的リーダーとして明るくハキハキと私たちを牽引してくださり、彼女のおかげでいろいろな決断がサクサクと進みました。
同じ部屋で過ごす中で、彼女は私の娘と似た思春期時代を過ごしたこと、私が理解できなくて苦しんでいる娘の心境や自分の心の成長などを私に語ってくれたことも嬉しかったです。
このたった6日間で日に日に何かを確信し、迷いを捨て、輝いていく様を見させていただきました。一番短い期間でしたが、一番変化が大きかったのではないかと思います。それほどハートがさらに一層開花する様を側で見させていただきました。
哲也さんと小林さんは、それぞれ他のグルジのもとで長く修行されて、スワミジ師にたどり着いた方々です。彼らにはグルジという存在がどれほど偉大で特別な存在であるか、そしてサレンダーとは何かをお二人の行いを通して見せていただきました。
そしてとても静かに、だけど的確に、未熟な私に必要なアドバイスやご指摘をいただき、私が足りていない部分などを何度も優しく気づかせてくださいました。
彼らの根底には深いグルジへの尊敬と信頼があり、スワミジ師のそばにいることに心から喜び、幸せを噛み締める姿は本当に純度が高く美しいものでした。
そして私への指導も、私のためであることはもちろんですがそれよりも先に、自分たちが尊敬するグルジに対してこうしてほしいという気持ちが感じられました。
かじのりちゃんと入れ替わりで合流した藤田先生は、帰国日も飛行機の便も一緒で、最後の三日間は二人でスワミジ師たちをサポートさせていただきました。
藤田先生も他でも修行をされてきた方で、ご自身のこれまでの経験や学びから得たものを私に惜しみなくシェアしてくださいました。
彼の「とりあえずグルのおっしゃることをまず全て肯定して受け入れてみる。考えるのはそれから」という姿も、迷いなく清々しかったです。
藤田先生の行いとアドバイスのおかげで私もとても心が軽くなりました。
巡礼を通して、私たちの経験は不思議と互いにリンクして、誰かの学びが自分にも必要な学びであったり、さまざまなシンクロが起こったり、不思議なことがたくさんありました。
例えばこんなこともありました。
私は感情が揺さぶられた時はディジュリドゥを吹きます。ディジュリドゥは吹くと不思議と心が整っていくのです。ディジュリドゥがなくても、循環呼吸をし、心の中で私のディジュリドゥを吹いています。その日も瞑想中に涙が溢れて止まらず、心の中でディジュリドゥを吹き始めました。私の学んでいるディジュリドゥは「オー」っと声を入れるのですが、心の中で「オー」と唱えながら循環呼吸をしていると、スワミジ師が不意に「オーム」を三唱しはじめました。そんなこと初めてでしたし、ちょうど「オー」の音がオームと似ているなと思っていたところだったので、このシンクロには非常に驚かされました。
スワミジ師には、いつもフワフワしている私を本当に根気よく指導し、見守っていただきました。ご指導いただいた後で、私は何度も涙が溢れてしまい、瞑想してもまた涙で、非常にご心配をおかけしたのではないかと思います。
確かに「私はただ瞑想したいだけの主婦なのに、なんの覚悟もなく大きな激流に流されてすごいところに来てしまった」という戸惑いの涙もありますが、悲しくも苦しくもないのになんでか涙が溢れて止まらないという涙がほとんどでした。
それは自分では認識できない潜在意識から流れる涙に感じました。そして、それは流した方がいいと感じ、流れるままにすると自分の心の奥深くの何かが溶けていくような、そんな優しい心地の涙でした。
涙は流せば流すほど、ささやかなことで出るようになります。
アシュラムでうっかり頭をぶつけたら、近くのババが「大丈夫かー」っと飛んできて、頭をなん度も撫でてくれて、その優しさにも涙が出ました。バグワッチさんが他のサドゥに何かを言われてもプージャでスワミジ師の名前を大きく讃える姿にも涙がじわっとでてきました。一周忌翌日にあるサニヤシンに「スワミジ師がババジのマハサマーディにお供えしたサマーディサラを日本のアシュラムに持ちかえらせてください」とお願いをしたら、笑顔で「OK、OK」と言って渡してもらえた時も感謝の涙が流れました。日を追うにつれて、ささやかなシーンでどんどん涙が浮かびました。
以前、有吾さんがFBで「ハートを開くとはこういうことだと思う」とシェアしてくださった投稿があります。
昔の武士はよく泣いたそうです。喜怒哀楽の振幅の幅の大きく、大きく喜び、大きく楽しみ、大きく憂え、大きく泣き哀しむ人が多かった。だからよく泣いたと。
とても印象に残る内容だった上に、楽謝美紀ちゃんともシンクロしたため、非常に心に残っています。
私もインドでよく泣いたのは感情量が増えたからだといいなぁ、少しでも潜在意識のハートが開いたからだったらいいなぁと思いました。
最後に話は変わりますが、帰りの空港で私は娘にお土産を買おうとしました。娘が指定したものがなくて、その類似品を購入しようか聞いたところ「いらない」との返事。娘と微妙な関係にある私はお土産がなくて良いのか深刻に悩んでいたら、藤田先生が「ハートで決めればいい」とアドバイスくださいました。
「自分のハートに聞いて買ってあげたいと思ったら買ってあげればいい。それを彼女が気に入らなくても、使わなくても、自分のハートが買ってあげたいと思ったならそれでいいんじゃないですか」と。
あぁ、ここでもまた「ハート」だなと。
「ハート」に始まり、「ハート」で終わる、今回の私の巡礼のキーワード。
とにかく自分のハートと向き合いなさいという旅でした。
巡礼から帰り、日々の生活が戻ってきても、日々気付きは私に起こっています。
私をインドに再び連れて行ってくださったスワミジ師、サティヤプレムジ、インドでスワミジ師を共にサポートしてくださったパシュパティナートジ、同行してたくさんの学びの種をくださったかじのりちゃん、哲也さん、小林さん、藤田先生、そしてアシュラムで出会った素敵なサニヤシンの皆さん、全てに感謝いたします。
Om namo narayan

