◎12,000年秘密のクリヤヨガ
私は1989年に12,000年秘密のクリヤヨガを実践中に、一人でサマーディーを成就しました。私が本格的な瞑想を始めて3か月後のことでした。それまでは3か月間サマタ瞑想に集中しました。この瞑想はとても役に立ちました。
生まれて初めてクリヤヨガをして、僅か10分後にサマーディーを成就した計算になります。このように、リトリートで皆さんにシェアするサンカルパヨガの威力は絶大です。
私はサマーディーから還った後、何が起こったのか考え抜きました。即座に浮かんだのが「梵我一如体験」でした。しかしそれは、ヨガでは究極のステージです。そんな究極のステージが私に起こるはずはないと思い直し、私は考えを打ち消しました。
それから私はサマーディー体験に執着しないように、忘れる努力をしました。神秘体験に執着すると起こりにくくなることを、体験上知っていたからです。
3年後にマハヨギ・パイロットババジ猊下にお会いしたとき、あの体験がサマーディーだと教えてくださいました。
サマーディーを成就した翌年に、私はOshoコミューンでエンライトメントを認められました。そして、当時は私を含めて二人しか選ばれなかった「エソテリックサークル(秘教サークル)」の最初のメンバーに選ばれました。私達は、総てのグループやコースにアシスタントやヘルパーとして無料で参加できる特権を頂きました。又、Oshoの図書館に自由に出入りでき、Oshoの蔵書を自由に見られる特権も得ました。
この秘教サークルは、Oshoコミューンのある勢力が秘密裏に創ったものでした。ところが、その存在がグループの対抗勢力に知られてしまい、醜い権力闘争が起こりました。私はその実体を見てしまいました。ここは私の居るべきところではないと思い知らされました。無念の思いでした。そして、私は遂にコミューンから離れる決心をしました。
コミューンを離れる決心がついた途端、1989年のあの体験が何であるのか、私は猛烈に知りたくなりました。色んな人と話している内に、「宇宙意識体験」と呼ばれるものらしいと理解しました。しかし、その情報を教えてくださった皆さんは、覚者ではありませんでした。
◎覚者を求めてヒマラヤに旅立つ
あの体験が何であるのか教えてくれる覚者に会いたい!そのような私の思いが、ある日沸点に達しました。私は内側から強烈に覚者を求めていました。機縁が熟したのです。
内側からの欲求が高まった時、突然のように私にクリヤヨガヨガを教えたヨギのアシュラム(僧院)のアドレスを知ることになりました。そのヨギはチンマヤといい、Oshoの高弟で、仏陀になる直前の菩薩のステージに在る人だと噂されていました。私は「あの方ならあれが何であるのか知っているだろう」と期待しました。
チンマヤのアシュラムは、ネパールのバゲシュワリという聖地にあったので、私は迷わずその地に向かいました。アシュラムに到着してすぐに、私はチンマヤに面会を求めました。応対してくれたのは彼の高弟で、「チンマヤは現在チベットに旅行していて1週間ほど不在である」とのことでした。
彼は続けてこう言いました。
「噂では、ヒマラヤの聖地にマハヨギ・パイロットババジ猊下という最終解脱者が瞑想キャンプをするらしい。その方にお会いすれば、貴方が体験したことが何であるのか教えてくれるでしょう」と言うのです。
私は内心驚きました。何故なら、普通、弟子は自分の師以外のマスターを勧めることなどあり得ないからです。弟子は自分の師が一番だと思っているので、当然自分の師を勧めます。
後日、その高弟に「何故あの時、貴方の師ではなくマハヨギ・パイロットババジ猊下を紹介したのですか?」と尋ねました。
彼は驚いて「私が私の師以外のマスターを紹介することなどあり得ません!その話は本当ですか?」と私に聞き返しました。何か大きな力が彼に働いたようです。
後で知ったことですが、チンマヤに「12,000年秘密のクリヤヨガ」を教えたのはパイロットババ猊下御本人でした。驚くべき偶然でした。
また、バゲシュワリは猊下が1週間の水中サマーディーを成就した聖地でした。その聖地に行ったことで、私は猊下がインドでは有名な覚者であることを知りました。
私は猊下がサンカルパ(意思)の力で私を引き寄せてくださったと、今では確信しています。
私はパイロットババ猊下なら「宇宙意識体験」が何であるのか教えてくださると、あの当時なんの根拠もなく確信していました。一度もお会いしたことが無かったのですが、それが悟っていました。
チンマヤの高弟に会ってから数日後、猊下がヒマラヤの聖地で瞑想キャンプを開くという情報が正しいことを知りました。私は夏服のまま、すぐにヒマラヤの聖地に向かいました。
ヒマラヤの麓にあるバゲシュワリの町の気温は、47℃もありました。私は夏山の怖さを話では聞いてはいました。しかし覚者にお会いできる喜びでいっぱいでしたので、他のことは何も考えていませんでした。だから短パン半袖の姿で出かけたのです。
47℃は「暑い」ではなく「熱い」です。私は熱さの中で、ヒマラヤの寒さを想像することができなくなっていました。あの熱さの中では、ヒマラヤは涼しくて良いだろうくらいに思えたものでした。
ヒマラヤは太陽が出ている間は、まあまあ温かいのですが、一旦、太陽が雲に隠れると一気にマイナス10℃になることなど知りませんでした。雪が降れば半年間は出られません。しかも食料なしです。猊下はそういう環境で腰布一枚で、半年間断食しながら、一日50キロから150キロの回峰行をされました。しかし私のような凡人には、短パン半袖でマイナス10℃の寒さはそれだけで耐え難く、三日間は死ぬ思いでした。
しかし、後日猊下が「寒い時はサンカルパ(意思)の力で体内に火をつけるのだ」と仰ったので、そのとおりにしたら、不思議なもので寒さに慣れてしまいました。終いには雪解け水で沐浴まで出来てしまいました。
◎パイロットババ猊下にお会いして1時間後に「公開サマーディー」を勧められる
私は大きな力に引き寄せられて、ヒマラヤの聖地でパイロットババ猊下に邂逅しました。
お会いして1時間後、猊下は信者さんの前で「貴方は公開サマーディーの準備が出来ている」と宣言し、私に公開サマーディーの成就を勧めました。それは、私がサマーディーを成就してから3年後のことでした。
私はサマーディーという言葉を、その時初めて聞きました。サマーディーが日本語で「三昧」のことだと知ったのは、帰国してからでした。私は大学院で仏教を学んだので、三昧の意味なら勿論知っています。ただ、釈尊以降の仏教では、サマーディーの概念はニルバーナ(涅槃)より下の「集中」という意味に矮小化されています。それは宗派主義的な愚かしい定義です。
サマーディーの意味はニルバーナと同じです。公開サマーディーが公開ニルバーナと一緒ならば、ニルバーナを公開するということの意味を理解するのに時間がかかりました。何故なら、こんな話は初めて聞いたからです。流石にインドは神秘の国だと思い知らされたものです。
私は猊下から公開サマーディーが何であるのか、詳しく伺いました。猊下はこう説明されました。
「生も死もマーヤ(幻想)である。生と死を超えた、真実の世界があることを証明するために
行われるのが公開サマーディーだ」
「肉体は当然死ぬ。しかし、微細身(サトルボディ)がアストラルトリップしてサマーディーワールドに行くので、死の世界には行かない。それ故、キリストのように復活する。
ヨグマタジ(相川圭子師)は去年公開サマーディーを達成した。貴方ならまちがいなく出来る。心配するな」と私に太鼓判を押しました。
私はおそるおそる猊下に伺いました。
「ババジ猊下!それで、死の世界から帰って来られない例はあるのですか?」
猊下のお答えは驚くべきものでした。
「それはたくさんあった。何度もあった」
私は思わず、日本語で「エー!」と叫んでしまいました。「Oh my God」ではありませんでした。
驚く私を見て、猊下は慌ててお話を続けました。
「それは私の失敗ではない。他の偽マスターの話だ。勘違いするな。
公開サマーディーは最終サマーディーを成就した覚者が、解脱した弟子にさせるものだ。最終サマーディーヨギでない未熟者が、解脱していない弟子に公開サマーディーをさせた場合、弟子は死んだまま帰ってこられなくなる。
今まで、インドで多くの人が公開サマーディーで死んだ。先日もシュリ・シュリ・アナンド〇〇という偽マスターが、覚醒していない弟子に公開サマーディーをさせて、結局殺してしまった。彼は現在、殺人罪で服役中だ。
だから、インド政府も公開サマーディーを法律で禁止している。しかし、私はこれまで108回公開サマーディーを成就してきた。5日間の土中サマーディー、20日間の水中サマーディー、半年以上の氷中サマーディーを何度も成就してきた。だからインド政府は、私だけは例外にしているのだ。そういう訳だから、何も心配は要らない」
仏教でも「生死を超える道」と言いますのでここまでなら理解できました。しかし、生死を超えた世界があることを証明するために、土中で5日間、水中で20日間、時には氷中で半年間入定すると聞いた時は、あまりのことに流石に驚きました。
私がマハヨギ・パイロットババジ猊下の名を聞いたのは、その日から僅か1週間前のことでした。ヨグマタジのお名前は、この時初めて伺いました。初めてお会いした人に「肉体は一旦死ぬけど、生き返るから大丈夫だ!貴方なら大丈夫だ。やりなさい!」と言われても、流石に「はい悟りました」とは、即答できませんでした。
◎【サンカルパヨガ・ファンデーション】の代表者に任命される
1998年、私は日本人として初めて内弟子にしていただきました。しかも三段階飛び級でサンニャシン・ディクシャを授かりました。
そればかりではありません。当時はマハヨギ・パイロットババジ猊下のアシュラム(僧院)で猊下以外は許されていなかった「スワミ」の名乗りを許されました。因みに、サイババアシュラムで「スワミ」と呼ばれるのは、サイババお一人だけでした。
マハヨギ・パイロットババジ猊下から頂いた直筆のサインには、「スワミ」「ヨギ」の二つの尊称が書かれています。猊下によれば、「ヨギ」「ヨギニ」と名乗れるのはサマーディーを成就した存在だけだそうです。
また、2003年には当時ババジ猊下とヨグマタジしか認められていなかった「ファンデーション」の名乗りを許され、【サンカルパヨガ・ファンデーション】の代表者に任命されました。公開サマーディーを成就していない人間がファンデーションの代表者に選ばれたのは、外国人として初めてのことでした。
◎私が再び世間に戻された理由
私は達磨大師のように、長い間、弟子と信者だけに瞑想指導してきました。そうせざるを得なかったのです。
私はこれまで、体験したサマーディーをシェアしようとしてきました。しかし、私の体験を聞くと、エゴが反発して敬遠する人が多かったのです。話をしようとすると、人々は私の話を遮ります。或いは、なにか他の話に切り替えます。時には無視します。ともかく話を聞こうとしませんでした。遂に、私は人々にシェアすることを断念しました。
パラマハンサ・ヨガナンダ・ギリの『あるヨギの自叙伝』を読んで、感動して、スピリチュアリズムの世界に入る人は世界中にたくさんいます。彼は歴史上の人物で世界的に有名だからです。
でも、釈尊やキリストのように歴史上の覚者の言うことは信じても、リビングマスター(生きたマスター)の言うことは信じられない方も多いのです。「覚者は雲に乗って現れる」のようなポップな仏陀幻想が邪魔するので、同じ食事をして、排便もする現実の覚者には距離感を覚えるのです。
そういう人は、パイロットババ猊下やヨグマタジさえも受け入れられません。歴史的に有名な覚者しか信じないからです。リビングマスター(生きたマスター)の存在が、我々にとって一番功徳があることを知らないのです。
世間の僧侶、学者の殆どは、サマーディーやニルバーナを体験していないのに、さも分かったように説教しています。サマーディーを成就して以来、そうした学者の論文が見られなくなりました。間違いだらけなのが分かるからです。
私もかつて、経典だけを理解しようとしていた研究者の卵でした。ですが、リビングマスターに出会い、その功徳を知り、有難さを知りました。
私は猊下に師事して、色んなことを教わりました。経典の真意や、時には誤りも教えて頂きました。本物の覚者しか指摘できない洞察を何度も見せられました。東日本大震災での壊滅を阻止したようなシッディーパワー(神通力)を何度も見ました。
リビングマスターの存在があるかどうかは、決定的な違いです。私はパイロットババ猊下とヨグマタジに出会い、その功徳を実感しています。
仏縁の無い方はパラマハンサ・ヨガナンダ・ギリのような歴史的覚者さえも敬遠します。
現存するマスターでも、パイロットババ猊下やヨグマタジのような世界的に有名なマスターなら受け入れられても、無名なマスターの話は受け入れられない方もいます。
ごく稀に、覚者の話を自然に受け入れられる方もいらっしゃいます。こういう方は、アセンション、サマーディーの準備ができた方です。
最近は、私の話を受け入れられる方が増えてきました。アセンションが近くなってきたので、存在はノアの方舟に乗る人と会わせてくれているのだと思います。
◎私がヒマラヤから下山した経緯
私は1999年、パイロットババ猊下以外誰もなし得なかったような難行苦行を達成しました。猊下に止められるまで、冬のヒマラヤで「240日間不眠断食座禅」を続行しました。
その頃の私は、座禅のしすぎで達磨大師のように半身不随になりました。立ち上がることができないので、這いながらトイレに行ったものです。
不眠断食座禅をし始めて230日目くらいのことでした。ある日、シュリマタジという猊下の女性弟子が、トイレに這っていく私の姿を見て悲鳴をあげました。身体はガリガリに痩せこけ、頬はこけ、目の隈がパンダのようになった私を見て、ゾンビだと思ったそうです。
死人のような私の姿を見てショックを受けたマタジは、すぐに渡米中の猊下に電話して、私の修行を止めるよう懇願してくださいました。
猊下は私の死を止めるため、アメリカでの向こう2か月間の講演を総てキャンセルして、インドに帰国してくださいました。猊下は私に会うなり、こう仰いました。
「不眠断食座禅をこのまま続けたら、あと3か月で死ぬ。今すぐ止めなさい」
しかし私はこう言いました。
「私はサマーディーを成就しましたが、猊下のようにサンカルパ(意思)の力で自由自在にサマーディーに往き来出来るサンカルパ・サマーディーヨギのステージではありません。
猊下は一瞬にして真如の世界に入定して、タイムトラベルをしたり、惑星間旅行をしたり、「宇宙意識体験」が出来るサンカルパ・サマーディーヨギのステージだと知っています。
私はサンカルパ・サマーディーヨギになることを決意しました。その為には、命を捨てることなど問題になりません。どうか私を止めないでください」
そう私が言った瞬間、猊下はこう仰いました。
「貴方は既にサマーディーを成就した。今度はその恵みを人々にシェアしなさい」
その言葉が光の奔流となり、サハスラーラから第一チャクラまで突き抜けました。
私はすべてを理解して「ババジ!悟りました。ババジの仰るとおりにします」とお答えしました。
「でも私は半身不随です。ご覧の通り立ち上がることも出来ません。歩くことなど到底不可能です。日本に帰国することなどできません。どうしたら良いのですか?」
◎パイロットババ猊下のシッディーパワーで半身不随の私が歩けるようになった
パイロットババ猊下はこうお答えになりました。
「私が貴方を治す。心配するな!」
そして、半身不随だった私は猊下のシッディーパワーで、僅か三日で歩けるようになりました。驚くべき猊下のシッディーパワーでした。
しかし、猊下は「これはあくまで一時的な処置だ。日本に帰国したら一流の医師を探して、手術をすぐに受けなさい。さもないと貴方は一生半身不随になる」と付け加えました。
猊下の仰せのとおり、私は日本に帰国して直ぐに手術を受ける羽目に陥りました。町中を歩いている時、突然激痛に襲われ、救急車で病院に搬送されました。
暫くして、私はMRIの検査を受けました。医師はMRIの画像を見て「ここまで脊髄損傷していると、手術をしても一生半身不随のままでしょう。但し、激痛は無くなりますので手術を勧めます」と診断しました。
医師の言うように、私は手術後も半身不随のままでした。しかし私は、パイロットババ猊下やヒマラヤのアヴァター様達のご加護を信じていましたので、すぐに歩けるようになると確信していました。
事実、一生半身不随になると医師に宣言されてから、僅か3か月後に私は歩けるようになりました。リハビリ中に歩いている私を見て、くだんの医師は叫びました。
「これは奇跡です!ここまで脊髄損傷しているのに、歩けるようになったケースは学会でも聞いたことがありません。学会に報告します!」
実は、2018年の10月に私は再びMRI検査をしました。MRI画像を見た医師は「これは奇跡です!これでよく歩けるようになりましたね!貴方には神様がついているのですか?」と言っていました。パイロットババ猊下のご加護の話をしようかと思いましたが、精神科に回されても
面倒なので、笑って誤魔化しました。
私は現在普通の生活をしている普通の男です。
私はババジ猊下やアヴァター様達のご加護によって、歩けるようになりましたが、油断すると、今でも3、4か月は動けなくなる身体です。従って、昔のように座禅することは出来ません。
ですので、私は等身大の人間の生を営んでいます。ありのままで、自然な生き方を選んでいます。私はヒマラヤ聖者ではありません。「元ヒマラヤ聖者」です。
私に過度の期待をして、失望させると申し訳ないので、最初に「煩悩具足の凡夫」であるとお伝えします。されども、私の内側にはサマーディーのスペースが未だに在るのは自覚しています。だから私を信頼してサレンダーしてくださった方に、今まで何度も神秘体験が起こり続けました。それは事実です。
私は前述しましたように、今まで表の世界に出て来ませんでした。ところが、2018年の8月から急に流れが変わりだしました。私のサマーディースペースをアクセプトできる人々が、次第に現れだしました。
地球は急いでいる。存在は急いでいる。私のような人間まで引っ張り出しているのだから、人類に残された時間はあまりないと思っています。そういう危機感が我々を成長させます。危機感を覚えず、怠けていては救われません。
人類の環境破壊の悪業に対する、自然のリベンジが顕著になっています。
豪雨 日照り、暴風、ハリケーン、台風等の異常気象、頻繁に起こる大地震は地球を汚染し破壊し続ける愚かな人間への警告です。自然と共生できない人間は、近い将来滅ぼされても仕方がありません。自業自得です。自ら作ったカルマは自ら浄化しなくてはなりません。
誰も見捨てる気持ちは無いけれど、自ら気づかない人は助けたくても助けられません。ノアの方舟の神話がそれを示しています。
自然をリスペクトし、自らをリスペクトし、他者をリスペクト出来る人間だけが、来たるべきアセンションに参加できるのでしょう。
覚醒を求める方だけが解脱するのは道理です。瞑想や修行もしないで、結果だけ求めても自然は無視します。中東に「神は伯父さんのように優しくはない」との諺があります。けだし名言です。
修行せず、瞑想せず、結果だけを求めるものに対し、神は何も与えません。どうか、油断せず、しかし、同時にリラックスして瞑想を楽しんでください。
Om Shanti Shanti !(愛と平和を!)