2019年立山リトリート体験談 No.1

2019/7/29

【サンカルパヨガ瞑想 立山リトリート】at 大山研修センター(2019年7月14〜17日)

参加者、関係者の皆様のご協力のお蔭で無事終えることができました。ありがとうございました。

富山ご出身の覚者である太母(たも)様とスワミジ師がご縁があるということで、メンバー数名とともに早めに富山入りしてのお墓参り。ダブルレインボーが出て、大歓迎を受けているようで一同驚きました。

立山の室堂の景観と澄んだ空気はヒマラヤの修行時代を思い出すとスワミジ師も仰られました。
次回以降は室堂より上のエリアでリトリートをしたいと考えております。どちらかにご縁がありますように。

場所をお借りした㈱インテック 大山研修センター様は野生動物が出るような標高で、市街地からも離れており、リトリートをするには十分静かなエナジーに満ちておりました。

参加者それぞれの貴重な体験談が届いていますので、順次ご紹介いたします。

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mihoco様

今回は食事の用意と後片付けのため、瞑想に参加できたのは一回のみでした。
しかしその一回が私には充分過ぎる体験になり、有り難かったです。

なんといってもババジ猊下の臨在を感じる事が出来たことです。
見慣れないゴールドの淡い光が、閉じたまぶたの裏を日溜まりのように動き、大きな水晶のそばにいるようなピュアなエナジーを感じて、ただごとではないと思い、つい目を開けました。
猊下が瞑想するみんなの間を縫うように廻られるのが見えました。私がそれに気づくと、フワッと頭に手を載せてくださいました。

リトリートが終わっても、ギフトが続きました。
家族がこの春、新規開業したばかりなんですが、その仕事がらみで半年以上或るトラブルを抱えてました。こちらに非はないもののこじれて、もう弁護士案件かと覚悟するほどで、私がいま一番気にすることだったのです。それが最後のスタッフを見送った翌朝の朝一番に、アッサリ解決しました。そればかりか、私がリトリートにかかりっきりの間に、顧客が4人も増えてました!

ずっと憧れていたアメリカの禅堂の老師が書かれた日本の老師への手紙を翻訳する機会がいきなり舞い込み、やり遂げて感謝をいただきました。

レストランに外国の人の接待で予約が入ったのですが、自国で友人に勧められたとゲスト本人からのご指名で、来れてよかったと言っていただいたりしました。(私はこの国のひとにいち日本人として常に感謝しているのです)
などなど、3日くらいの間にラッキーが重なりました。

まるでパワーストーンかお守りの広告みたいでしょ(笑)

私はもともと浮かれている人間が嫌いです。
だからフワフワしたスピ系じゃなくって、トラッドな仏道を選びました。
とはいえ、高僧でもジーザスでもグルでも、マスターの臨在を奇跡のように扱うストーリーは苦手で。
おかげ様でこんなにいいことが!って話を聞いても、現世ご利益ですかあ?はあ?って、それがどうした的な気持ちをもつ人間です。
なのに。

私はやっと知りました。
瞑想中も、ギフトを受け取ったと思えたときも、反射的に感じたことは。
それは、こんな下々の私にまでババジ猊下の恩恵があるのだという有り難さでした。
スワミジ師のもとで修行させていただいてはいるけれど、信仰というまでは至らず、他の皆さんのように猊下LOVEって感じでもない。
それなのに、そんな私にまで何度も光を送ってくださる有り難さです。
こんなにいい事がいっぱいあったよ的なことそのものよりも、それを素直に喜び、猊下やスワミジ師の恩恵と思える、受けとめられる自分に成長したんだ。
斜に構えずに、有り難いなあとシェアできる自分になれたんだ。それが私には大きなギフトでした。

もうひとつ。
さやかさんが『ぼくたち』のストーリーを読ませてくれた日、私は数年ぶりに号泣しました。
『ぼくたち』の声はさやかさんを通して聞こえる私のなかの声でもあると気づいたのでした。
怖れや執着や自暴自棄、悲しみ、嫉妬、自己否定……私のなかのブラックちゃんたちが、誰よりも私を守ってくれていると教えてもらいました。一番私に寄り添って、見捨てないでいてくれた存在だと、やっと知りました。
今までそこに気づかず、除けよう除けようとしてきたことが申し訳なく、仕事をしながらも涙が止まりませんでした。さやかさんとさやかさんの『ぼくたち』が声を届けてくれなかったら、私は私のなかの闇を一生邪魔者にして、存在してないことにして、私は光にすすむとか言って一生勘違いして、どこにも辿り着けないままだったと思う。
リトリート仲間の解放が連鎖してくれて、私も解放してくれたこと、これも大きなギフトでした。

他にも書き切れないほどいろいろあります。
熊野であいたハートの穴は少しずつ大きく深くなり、日常でもふとそこに佇みくつろぐことが増えました。頭でジャッジしたり、感情がヒートアップしそうだったり、そんな時にはハートに降りることを選ぶようになりました。
スワミジ師を、またサンカルパヨガの助さん格さん ゆきこさん&祥子さんを見習って、コントロールせずに流れに任せてみることも恐る恐るしています。

リトリートから特に「喜捨」「奉仕」ということを大きなテーマとして捉えるようになりました。
自分が何を差し出せるかという決意表明のようなものと、敬意の表現、純粋なもの、喜び。
人が生きていることの本質がそこにあるように思えてきました。まだまだ途上ですが、いましていること……瞑想も三次元の仕事も、生きることそのものを世界に捧げるものにしたいと、改めて思いました。
世界平和やガイアの保護、キャッチーで使い古された(ごめんなさい!)そんな言葉。この天の邪鬼な私が、自分の生き方まるごとを、その言葉に添わせようとしていることが我ながら可笑しく、でも幸せな気分でいます。

合掌

スワミジ師の返信

私はヒマラヤでの長い修行の後帰国して、本土を離れ沖縄に移住しました。

解りやすいギフトですね。
心を空っぽにすれば、存在はギフトを与えます。

コップの中の水を捨てれば、捨てた瞬間に空は入ります。

mihocoさんはアクセプタンスの領域、すなわち、空の領域ができたからこそギフトを受け取れたのでしょう。

サンカルパヨガ瞑想リトリートat立山の実行委員長兼、典座のお役目有難うございました。玄米食大変美味しかったです。
参加者の皆さんに大好評でした。又お願いします!

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