2019年10月開催 サンカルパヨガ瞑想リトリート at 静岡の体験談をご紹介します。
shoko 様
*リトリート感想について
思考がしづらく文章がまとまりません。リトリート中感じていたことをアレコレ書きます。
*断食について
初めて断食をしてみようと思えたことは大きな一歩。
やってみると意外にも楽だった。
リトリート中に、外から五感に刺激を受けないで“無”に近づいたらどんな自分になれるのか体験したかった。
リトリート中の溢れるエナジーにかなり助けてもらえた。
普段の日常ではこうはいかないでしょう。
さやかちゃんのほうじ茶&豆乳チャイを飲んで空腹が治まり、助けてもらえた。
ありがとう✨
*“Be in silence”
以前にスワミジ師に教えていただいた言葉。
話をすると瞑想のエナジーは下がるということ。
この一つの目的にしていたことは、思うようにできなかった。
自分に申し訳なく面目ない。
久しぶりに会ったソウルメイト達との会話は、楽しすぎて程々にできなかった。
熊野や立山の参加者と話が弾みがちで、今回初めてで会話に入りにくいなと感じた方がいらしたらごめんなさい。
少しご配慮が足りなかったかなと反省してます。
*初めての参加者さんたちと純粋性
今回初めて参加した方たちもババジ猊下のアルターに手を合わせていて、アクセプタンス、帰依心がとてもあり、その純粋性は美しかった。
私の始めての熊野はそんな風にできない、抵抗がいっぱいだったことを思い出しましたww
純粋性が宇宙につながると教えていただき、日々意識し修行中ですが、時々は心の中でボソッと悪態をついてしまう。
それをスワミジ師もお見通しで、聞かれているかと思うと恥ずかしいばかりですが、そんな筒抜けな立ち位置で修行させていただけることを今では有難く感謝しています。
*ダラーナ(集中)
自分のやることをぶれずにやること、集中すること。
これは特に苦手なことで、スワミジ師にはとっくに見破られているけど、いつも見守ってそこで待っていてくださる。
感謝しかできない。
*思い出したこと
デジャブか予知夢かわからないが、静岡リトリート中の場面を見たことがあるのを思い出した。私の前にゆきちゃんがいて、その向こうにスワミジ師が座っている風景。
夜は図らずもお堂で寝ることになった。
大きな流れの中で台風のすごさ、台風明けの美しさを体験する。
お寺様のお勤めも、大きな力が働いて参加することになり、ぼーっとした頭で太鼓を叩いていると過去生もこんなことをしていた気がするなあと思った瞬間に涙が出てきた。
お勤め中にスワミジ師が現れて、前に座られてやっぱり過去生もこんなことしてた気がすると思ったら、また涙が出てきてしまって、お勤めしながらめちゃくちゃだった。
*サンカルパヨガ瞑想の実践
サンカルパヨガ瞑想は意思の力でハートを開くことが出来る奇跡のツールだということを初めて理解できました。私はナーバスな性格を持っているので、ともすると閉じがちなハートを開く方法を知っていることは宝物。
サンカルパ(意思の力)という言葉の意味をやっと感じることができた出来事のシェアをします。
最後のサンカルパヨガ瞑想の実践の途中では、いつもより激しく追い込むことができた。
終わると、いつもよりエナジーの「ビリビリ感」がすごかった。
終わったらバン!っとハートが開いて、そこに大きな大きな“空”(くう)ができた。
今までにない大きな空でした。
感極まって涙が止まらなかった。
立山リトリートで瞑想中にババジ猊下が教えてくださった「ハートの中心はここだよ」という場所と同じだけど大きさが半端なく大きかった。
身体全体が繋がってひとつになっている。
いわゆるチャクラがつながって通っている。
からだの内側が外側につながって、宇宙とつながっている。
来るに任せていられる。
地球にアンカリングして、グラウンディングして一体になっている。
中から湧いてくる溢れる幸福感。
何もいらない。
これだけでいい、そんな感覚に。
ずっとこころが自由になりたいためだけにリトリートに来ていたけれど、ウジ虫には想像もできないサマーディ世界やせめて光の体験をしたいとやっと思い始めた今日この頃です。
台風明けの素晴らしいご来光をみて、生きててよかったと感じて涙がでた。
現世のご来光でもこんなに幸せになれるのに、太陽の何百倍も明るい光の世界はどんな感じなのでしょうか。
*ババジ猊下の写真の意味
猊下がストゥーパの前で手を振る写真の意味がわかり心が震えた。
20年も前からここで待っていてくださったのだと。
以前からFacebookで見ていた写真。
その時は特別さは感じていなかったけど、お寺さんに入って、その写真を見ると意味が変わった。
「やあ!ここでみんなが来るのを待ってたよ!!」
そんなババジ猊下の声を感じて、今まで過去に自分に起きた出来事の意味が繋がった。
ここで待ってずっと導いていてくださっていたのだと。
マスターが広大であるとは面積的な意味しか想像していなかったけど、時空間的な、歴史的な、過去から未来への広大さもあるのだということを感じて、なんという大きさなのだろうと感嘆しています。
心からワンネスワールドを願っています。
*最後に
台風で大変な中、臨機応変にお風呂のご対応をくださったアクセプタンスのお見本のような旅館立花さんにも感謝しています。ありがとうございました。
いつの日も一人一人の心の中に愛と平和がありますように。
それが周りの人に伝わって、地域、コミュニティ、国、世界中、全ての信仰や宗教を超えてのワンネスワールドになりますように。
人が動物や植物、地球と一体となって、愛と調和の世界が実現しますように。
LOVE &PEACE💓
スワミジ師からの返信
断食について意外と楽だったとのことですが、そうでしょう?
私も240日不眠断食座禅をした時、最初は僅か3日の予定でした。やってみたら意外に簡単にできたので、次は1週間を目標にしました。それも簡単でした。
今度は、キリストが荒野で45日間断食したという話を思い出して、45日に挑戦しました。それも簡単にクリアできてから、釈尊(お釈迦様)が60日間断食したことを思い出して60日に挑戦しました。
勿論、釈尊の場合は全断食で、水さえも飲まない難行苦行でした。私の場合は1日にコップ1杯のミルクを飲むミルク断食でしたので、水断食に比べればかなり楽でした。
私が断食をすると言った時に、マハヨギ・パイロットババジ猊下はこう仰いました。
「貴方は瞑想の為に断食したいのか?それとも苦行として断食したいのか?もし苦行として断食をしたいのなら、完全断食を勧める。苦行には苦行の意味があるのだ。
もし貴方が瞑想を目的に断食したいのなら、1日にコップ1杯のミルクを飲みなさい。それを摂取しないと瞑想が出来ない」
私は難行苦行が嫌いだったので、1日コップ1杯のミルクを飲むミルク断食をチョイスしました。
瞑想を始めてからすぐに、自然に1日24時間から72時間まで不眠断食座禅ができるようになりました。その間は、無心だったので、何も辛くはありませんでした。
無心でない時は、1日数十回から数百回、神秘体験が起こり続けました。従って、あれこれ考えている暇などなく、何が起こったのかを憶えている気にもなりませんでした。
サイキック体験ではなく瞑想体験なので、魔境に入る余裕もありませんでした。
粉ミルクでもなく、栄養価の無いコーヒーフレッシュを3日に一度くらいしか摂取しなかったので私は死にかけました。
私は死ぬまで座禅する気でした。無限の至福に在ると、この一切皆苦の世界に戻りたいとは思わなくなるのです。
shokoちゃんは、こういう話をすんなりと聞けるようになりましたね。エゴの抵抗が強い人はすんなり聞けないのです。
私が何度もこの話をする理由はFacebookが本ではないからです。本なら一度か二度書けば良いことでも、Facebookの投稿は流れるので同じ話を何度も書く必要があります。
私はババジ猊下が修行時代、マイナス50℃の世界で裸で毎日3000メートルから8000メートルのヒマラヤの頂上まで往復したという話を何度も書いているし、何度書いてもエゴは抵抗しません。
毎回、凄い!凄すぎる!と思います。それに抵抗する人のエゴが私には分からなくなっています。
短い間でも、皆が食事している最中に断食したことの意味は大きいのです。この世界は実力主義です。
あらゆる修行、座禅も、難行も信心もやり切った者にしか発言権がありません。
やり切った者は他人をジャッジしないし、他人の瞑想体験を自分のことのように喜び分かち合えるのです。このような体験をシェアした時に、こういう話が自慢話にしか聞こえない人は、エゴがとても強い方なのです。
人は相手のことを話すときに、実は自分のことを話しています。エゴのとっかかりの無い人は、相手の話を自慢話と取らずに分かち合えます。そうすると相手の瞑想スペースが、そのままいただけるのです。
shokoちゃん。断食出来て良かったね。
でもチャイ豆乳は駄目ですよ!これからは、ただの豆乳にしてください。私も断食中にうっかりチャイを飲んでしまい、一日中七転八倒しました。
カフェインは断食中はきついのです。今後はカフェイン抜きの豆乳だけにしましょう。
「今回初めて参加した方たちもババジ猊下のアルターに手を合わせていて、アクセプタンス、帰依心がとてもあり、その純粋性は美しかった。
私の初めての熊野はそんな風にできない、抵抗がいっぱいだったことを思い出しましたww」
確かに、サンカルパヨガ瞑想リトリート at 熊野では、shokoちゃんにはマインドの抵抗がありましたね。でも熊野、立山に続いて今回三度目の参加なので、静岡ではかなりリラックスして座れましたね。
熊野から3回連続で参加した人の霊的成長はものすごいものでした。3泊4日のリトリートが3回なので、日数にすれば12日もありませんでした。11.5日くらいです。
こういうと、何かジャッジしたくなる人はご自分のエゴに気づいてください。気づけばいずれエゴは無くなります、そうすれば、他人の体験が労せずして入ってきます。
Oshoは「瞑想を三つの言葉で言えば、ジャッジしない、比較しない、アクセプタンスだ」と言っていました。
他人の体験を自分と比較したり、ジャッジしてアクセプトしなかったりすれば、他人が得た恩寵を頂けなくなるのです。
リトリート参加者にはそういう人が居なかったので、多くの参加者は恩寵を賜ったのです。
shokoちゃんは、グラウンディングが出来ていたので、神秘体験をしてもマインドが騒ぎませんでしたね。精神的におかしくなる心配などありませんでした。
覚醒を求める人が精神的におかしくなるケースがあるので、セラピーで治していると自負される方がいらっしゃいましたが、正しく瞑想すれば正しい結果が生じます。
間違った瞑想をすれば間違った結果が生じます。ただそれだけのことです。
覚醒を求めておかしくなる人がいるからと言って「覚醒を求めるのはおかしい」と主張するのはそれこそおかしくありませんか?
それならあらゆる覚者の言うことは間違っていて、そう主張する貴方が正しいと言うことになりますが、私は貴方が正しくて釈尊やババジ猊下が間違っているとは全く思いません。
「*思い出したこと
デジャブか予知夢かわからないが、静岡リトリート中の場面を見たことがあるのを思い出した。
私の前にゆきちゃんがいて、その向こうにスワミジ師が座っている風景。夜は図らずもお堂で寝ることになった。
大きな流れの中で台風のすごさ、台風明けの美しさを体験する。
お寺様のお勤めも、大きな力が働いて参加することになり、ぼーっとした頭で太鼓を叩いていると、過去生もこんなことをしていた気がするなあと思った瞬間に涙が出てきた。
お勤め中にスワミジ師が現れて、前に座られて、やっぱり過去生もこんなことしていた気がすると思ったらまた涙が出てきてしまって、お勤めしながらめちゃくちゃだった」
私もデジャブか予知夢か分からない体験を何度もしました。それは、過去世で観た予知夢であり、今生観た過去世のデジャブなのでしょう。
皆さんが素敵な体験をしています。
マインドのジャッジは要りません。論より証拠なのです。
「最後のサンカルパヨガ瞑想の実践の途中では、いつもより激しく追い込むことができた。
終わると、いつもよりエナジーの「ビリビリ感」がすごかった。
終わったらバン!っとハート💓が開いて
そこに大きな大きな“空”(くう)ができた。
今までにない大きな空でした。
感極まって涙が止まらなかった。
立山リトリートで瞑想中にババジ猊下が教えてくださったハートの中心はここだよ、という場所と同じだけど大きさが半端なく大きかった。」
今回はサンカルパヨガ瞑想の途中でハートが開いたのですが、サンカルパヨガ瞑想は全てのチャクラを開きます。
shokoちゃんもご存知でしょうが、サンカルパヨガ瞑想のテクニックだけを習得しても“それ”は起こりません。
何か、大きなものと繋がっていなくては、“それ”は起こりません。
ババジ猊下は、サンカルパヨガ・ファンデーションの発展の為に、2003年から4年間「ヨガ&サマーディーリトリート」を開催してくださいました。
最後の講義でババジ猊下が仰ったことは耳の底に留まりました。
「今まで、私の所にクリヤヨガのテクニックを盗みに来た人たちがたくさんいたが、その人たちには何も起こらない。テクニックはテクニックなのだ。マスターと繋がっていなければ何も起こらない」
マスターと繋がっていない人は、肉体のマスターと出会っても出会ったことにはなりません。
ハートとハートで繋がらず、純粋なソウルで繋がらないで、教師になりたいとかビジネスの為とか、不純な思いを持った人は次第に高い世界から堕ちていきます。
私はリトリート参加者の多くの方と、心で繋がっているのを実感しています。一度目より二度目、二度目より三度目と、出会いは強く、大きくなっています。
マインドの抵抗に負けた人には、それなりの結果が生じますが、そうでない人たちとは素敵な精神的な絆が生じています。
一旦、リトリートから離れた人にも、これから参加したいと仰ってくださる方全員にも、猊下やヒマラヤのアヴァター様達、存在からの愛が降り注がれていることに気づいてください。
そこを正念(サマサティー)してください。
「身体全体が繋がってひとつになっている。
いわゆるチャクラがつながって通っている。
からだの内側が外側につながって宇宙とつながっている。
来るに任せていられる。
地球にアンカリングしてグラウンディングして一体になっている。
中から湧いてくる溢れる幸福感。
何もいらない。
これだけでいい、そんな感覚に。
ずっとこころが自由になりたいためだけにリトリートに来ていたけれど、ウジ虫には想像もできないサマーディ世界やせめて光の体験をしたいとやっと思い始めた今日この頃です」
shokoちゃんが仰るとおりです。付け加えることはありません。
でも一つだけ。「汲み取り式のトイレの中の蛆虫」の譬えはあくまで譬えです。植物と昆虫好きの典子ちゃんは、この譬えを聞いて傷ついたそうですが、ごめんね。
でも、「群盲象を評す」という有名な釈尊の譬えが、決して盲人差別を意図したものではないように、「トイレの中の蛆虫」の譬えは、決して蛆虫差別ではありません。
トイレの中の蛆虫さん!そう感じたらごめんなさい。愛しています!
「*ババジ猊下の写真の意味
猊下がストゥーパの前で手を振る写真の意味がわかり心が震えた。
20年も前からここで待っていてくださったのだと。
以前からFacebookで見ていた写真。
その時は特別さは感じていなかったけど、お寺さんに入って、その写真を見ると意味が変わった。
「やあ!ここでみんなが来るのを待ってたよ!!」
そんなババジ猊下の声を感じて、今まで過去に自分に起きた出来事の意味が繋がった。
ここで待ってずっと導いていてくださっていたのだと。」
そうなのです。2010年7月30日にババジ猊下は、翌年2011年に起こる3.11福島原発事故の予言をされました。
そして、原発事故による日本壊滅を防ぐための護摩法要(ヤッギャ、ヤグナ)をしてすぐに、私と太母さんが守護仏としておわします立山、そして静岡県を繋いでくれました。
昨年は私と熊野を繋ぎ、熊野→立山→静岡でサンカルパヨガ瞑想リトリートが開催されました。
熊野、立山、静岡を結んだトライアングルが日本の活断層が密集した地帯であり、尚且つ、日本の原発の半数がこのエリアの近辺にあることはFacebookに投稿したとおりです。
私も日本人ですから、なるべく多くの方々が、
この美しい国土と、美しい文化を護り、自然を大切にして自然に感謝していく道を選ぶことを祈っています。
Om Shanti Shanti Shanti Om(愛と平和を)
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