最初に光に還った体験ー17歳の或る梅雨時の夕方

私が初めて光に還ったのは、1970年、17歳のある梅雨時の夕方のことでした。

この写真を撮った17歳のある日でした。当時の写真が少ないので、「光に戻った体験」に一番近い日の写真を使いました。

当時、私は無神論者でした。神秘体験など信じてもいなかったし、それを求めたことは一度も無かったのでした。

現在でも、神秘体験の多くは単なるマインドトリップであると醒めて見ている自分がいます。私は自分に幻想を持ちません。その方が自分に厳しく出来て良いのです。そんな私に、今まで何度も神秘体験が起ったのですから、人生は皮肉なものです。

17歳のある日、梅雨の夕方のことでした。私はふと座禅がしたくなり、部屋の床に座りました。無神論者であった私は、宗教にまったく興味はありませんでした。私は科学主義者で、宗教は人心を惑わす敵だと考えていました。そんな私が何故か急に座禅したくなったのですから、不思議といえば不思議です。

私は眼を閉じ、なにも考えずに座りました。すぐに思考が消え、マインドが無くなり、無心になりました。私が無心を楽しんでいると、突然、雷光が眼の前に広がりました。窓の外に稲光が走ったのです。私はその光に驚いて、思わず眼を開けてしまいした。

すると雷光が、スローモーションビデオのように向こう側に走って行くのが見えました。信じられないほど、ゆっくり雷光が過ぎ去っていくのが見えたのです。これは有り得ないことでした。それに驚いていたら、今度はその雷光がゆっくりと、ジクザクと私の方に戻ってくるではありませんか!あれよ、あれよと思う間もなく、その雷光は私のサードアイに飛び込んできました。その瞬間、私は全身光になりました。そして光の奔流が、私の第一チャクラからサハスラーラチャクラまで急激に上昇しました。私は光そのものになりました。太陽の数百倍も明るい光でしたが、眼には眩しくない白光でした。光は智慧であり至福そのものでした。

思考は勿論、マインドそのものが消えました。そしてワンネスでした。私は、今まで経験したことがない至福の中に在りました。そこに時間はありませんでした。

阿弥陀仏の光は無量であり、無量寿、即ち、永遠の命と言われますが、まさにあの光は無量の光であり、無量の壽(いのち)でした。即ち、時間のない永遠の中に私は在ったのでした。智慧の光は、「我々は総て平等であり、我々は光でできている」ことを教えてくれました。私は光の中で至福であり、ワンネスでした。

この世界の尺度で、どのくらいの時間が過ぎたのでしょう?私のマインドはまったく理解できませんでした。とても長い時が過ぎたような気もしましたし、あっという間の気もしました。時間の感覚がまるで分からなかったのです。

私はこの世界に還ってきてから何日も考えこみました。起こったことを理解しようと努力しました。しかし、科学主義者だった私に、納得できる回答はありませんでした。

一週間考え続けた結果、「あれは幻想だった」と結論しました。そう考えるしかなかったのです。

この点、鎌倉の覚者だった太母(たも)様は、私と全く違う結論をお出しになりました。以下、太母様のホームページ「太母さんの世界(http://www.iii.ne.jp/kikuchi/tamo-1.htm)」より引用します。

「本願寺の一室で座しているとき、「見真」の額の文字が黄金の光の粒子となって全身を包み、宇宙の森羅万象が絵巻物のごとく眼前に展開しはじめ、自らも宇宙大に拡大していく体験をする。

その後一週間あまり体験したことを咀嚼するのに費やし、翻然として、「全人類開眼万物皆安堵…ぜんじんるいかいげんばんぶつみなあんど」という願を立てる。

開眼にともない五眼が開くも、納得したことを人語で伝える責任は重く、ついに自伝的私小説を書くことを決意する。」

似たような体験をしても、科学主義者であった私と太母様の結論はこんなにも違うのです。太母様にこのお話をしたとき、太母様は呵々大笑(かかたいしょう)されました。さも愉快そうにお笑いになりました。そして満面の笑みを浮かべて、私を愛おしそうに見てくださいました。それ以上の言葉はお互いに必要ありませんでした。

私は太母様のことを心から尊敬していました。よくマスターと弟子の関係は恋愛関係だと言われますが、私は当時太母様と恋愛関係でした。勿論、セクシャルな意味ではありません。そんなことは当たり前の事です。

後日のことです。太母様は私の膝に甘えてこられ、私を○○さんと呼びました。その人は、歴史の教科書に出てくる誰でも知っている名前でした。その後、太母様は私の友人に、私が太母様のソウルフレンドだったと明かしたと聞きました。この話は以下です。

Redirecting...

スピリチュアルなラブは年齢や、性別、人種を超えます。性愛関係のような柵(しがらみ)を超える崇高なものです。性愛はえてして次元を落とします。自称スピリチュアリストでも、こんな当たり前の事を理解できない人がたくさんいます。

「80歳近いおばあさんと恋愛関係だなんておかしいよ」という人もいました。スピリチュアリストの吐く言葉とは思えませんでした。

私はマハヨギ・パイロットババジ猊下とも恋愛関係中です。

所有欲や嫉妬など、様々のエゴは愛を醜くします。それは愛に見せかけた執着心です。高い変性意識を体験した人も執着の愛によって次元を下げます。理屈では解っていても、本当にこのような心境になるのには、結構時間がかかりました。

太母様でさえ、「最後まで中々落ちなかったマインドは嫉妬心」だと仰っていました。私が太母様にお会いしたときは、太母様にはそういうエゴは全くありませんでした。

太母様や、ババジ猊下の愛はオープンです。猊下も太母様も総てを愛しています。囲いは作りません。私にもそうした時期がありました。もう、そういう惨めで、虚しい世界には戻れません。総てが美しく、総てを愛している、猊下や太母様の世界が私は大好きです。

さて、話を戻します。私は最初の神秘体験を幻想だと信じようとしました。後で考えてみれば、それが良かったのです。あれがエンライトメントだと勘違いしていれば、どこかのカルト教団の教祖のように大変な間違いをしでかしたことでしょう。

それにまた、神秘体験は執着すると再び起こらないものなのです。だから、忘れてしまったことは正解でした。そのせいでしょう。それからしばらくして、同じ体験をしたのです。今度はそれが幻想だと決めつけるわけにはいきませんでした。

津村喬というヨガの指導者に、私に起こった事を話しました。彼は嘆息してこう言いました。「羨ましい!クンダリーニが覚醒したのですね!」と言うのです。

私は「クンダリーニとは何ですか?」と尋ねました。すると彼は、チャクラとかスシュムナーとか初めて聞く言葉を並べて説明しました。

私はその頃、大学院で仏教を学んでいました。津村さんの話を聞いて、「私が習っている仏教とは教義が違うようです。だから忘れます」とお答えしました。この姿勢が良かったようです。この体験で安心していたら、それから後の神秘体験が起こらなかったかもしれません。

インドのプーナ市にある和尚(OSHO)コミューンでも、私は色々な神秘体験をしました。しかし「宇宙意識体験」は、それまで起こった神秘体験とは別格でした。それまでの神秘体験が、何ほどのものでもないくらい大きな衝撃を受けました。

その時悟ったことは、世間一般で考えられているような、チャクラとクンダリーニの捉え方は全く真実と違うということでした。あの考え方は方便です。方便としては役に立つから否定はしませんが、本当のクンダリーニの覚醒とはまるで違うものです。この点は、猊下やヨグマタジ(相川圭子師)、あるいはパラマハンサ・ヨガナンダ・ギリも一部は隠しながらも、かなり踏み込んで書いています。

ヨガナンダ・ギリもサマーディーの一部は、というより半分くらいは脚色しています。だから最初は彼が偽物だと勘違いしていました。猊下に尋ねると「ヨガナンダ・ギリは本物だ」とお答えになりました。ということは、すべてを明かしてはいけないのだとすぐに理解しました。

実際、総てを明かすことは禁じられています。私はその理由も知っています。

例えば”一万二千年秘密のクリヤヨガ”は、解脱したマスターから解脱寸前の弟子にだけ伝授されました。秘儀として伝授されたので、マスターが認可した弟子以外は教えてはなりませんでしたが、一部の愚かな弟子たちがクリヤヨガの一部を教えてしまいました。それがハタヨガの呼吸法として知られています。

しかし、ハタヨガの呼吸法で解脱した方は歴史上一人もいません。テクニックが問題なのではありません。指導する方が覚者かそうでないのかが問題なのです。または、修行者の過去世から現在までのステージが問題なのです。イニシエーション(秘技伝授)を受けているかどうかが問題なのです。テクニックだけでは覚醒できません。

因みに”一万二千年秘密のクリヤヨガ”について、ババジ猊下が重大な真実を教えてくださいました。

「実はマハ・アバターラ・ギリ・ババジ(通称マハ・アバターラババ)が生きていたのは、クリシュナ神が生きていたマハバラータの時代で、それは一万二千年前の話だった。ヒマラヤのアヴァター様方はしょっちゅう肉体を入れ替える。ヨガナンダの生きていた時代のマハ・アバターラババの写真を見て、現代のマハ・アバターラババとは違うという人がいるが真実を知らないのだ」

さて、私が生まれて初めて「クリヤヨガ」をプラクティスしたときのことです。私は単なるハタヨガの呼吸法だと思っていました。ところが、何かが違いました。教えた人は菩薩のステージにあると言われたヨギでした。私は彼をリスペクトしていました。このリスペクトがあるかないかで、結果が違って来ます。

後日知ったのですが、その方はババジ猊下に”一万二千年秘密のクリヤヨガ”を伝授されていたのです。私は何も知らずにプラクティスしていました。すると、僅か10分そこらで、パラマハンサ・ヨガナンダ・ギリに起こった「宇宙意識体験」が私に起こりました。この体験の数年後にババジ猊下にヒマラヤの聖地でお会いしたときに、初めてあれが宇宙意識体験であることを知らされました。それが、どのようなステージであるのかを教えていただきました。

猊下は私に仰いました。

「貴方は公開サマーディーの準備ができている。昨年はヨグマタジも成就した。我々がすべて準備するからやりなさい」

私がババジ猊下のお名前を初めて伺ったのは1989年頃でした。ダンテス・ダイジ師の弟子でカルタール(鈴木君)という男から、ババジ猊下とダンテス・ダイジ師の名前を聞いたのです。しかし、ちらっとお名前を聞いただけだったので忘れてしまっていました。

再びババジ猊下について話を聞いたのは、ピンダリー氷河で猊下にお会いする一週間くらい前のことだったと記憶します。ヨグマタジのお名前も、あのとき初めて伺いました。サマーディーとか公開サマーディーという言葉も初めて聞きました。

猊下のお話は常識を超えていたので理解できませんでした。私に判ったことは、「土中でいったん死ぬがキリストのように復活する」ということだけでした。即座に「はい!やります!」と言える状況ではありませんでした。それ故、いのちを懸けて公開サマーディーを成就されたヨグマタジを私は大変尊敬しています。

一つだけ言えることは、クンダリーニの上昇の一部の描写は、有名になっています。香川県にある、ある古刹には、クンダリーニを模した構造物があります。但しそれはクンダリーニの一部に過ぎません。

現代物理学で、時空構造の位相幾何学として考えられている構造は、いい線をいっていますが、正確ではありません。

もしどなたかが体験したのなら、私にこっそり教えてください。私は貴方とシェアしたいのです。私はそういう人を探しています。現在それを完全に話せる相手は、猊下とヨグマタジ、それから数人の相手しかいません。それ以外には、ババジ猊下が私に紹介してくださったマハ・アバターラババとアバターラ・ギリ・ババジだけです。

お二人は、クリシュナ神が生きていた時代から氷河に肉体を保存し、肉体をエコ利用して大切に使い、肉体の耐用年数が過ぎると新しい肉体に代わって、即ち、亡くなった人の肉体を再利用して、一万二千年生き続けておられるヒマラヤのアヴァター様です。

猊下のアシュラム(僧院)で瞑想を始めてからは、あのような体験は毎日起こりました。マインドは何かがあったのは解っているけれども、起こることが多すぎて、一々覚えていられないくらい毎日神秘体験が起こり続けました。

例えば、私の過去世を初めて見たときのことです。早回しのビデオのように凄いスピードで私の過去世が見えたのです。マインドがついていけないスピードでした。従ってマインドでは私の過去世が何であったのかは記憶していません。

しかし、内側の超意識ではしっかり記憶しています。それをサイキックな人は読み取って分かるのです。本人の私が思い出せないのに、サイキックな方はリーディングできるのです。

私は神秘体験に執着しないようにしてきました。そのおかげで、最初の光の体験を遥かに凌駕する体験を何度もエンジョイできました。

それでも、猊下のように、「往こうと思えば意思の力で何時でも真如の世界に往け、還ろうと思え何時でもこの世界に還れるサンカルパ・サマーディーヨギのステージ」には、遥かに及びません。

私の独自の解釈になりますが、サンカルパ・サマーディーヨギは、仏教で言えば如来=如去のイメージです。

「如去」とは、この世界から真如の世界に去る覚者です。猊下やヨグマタジが公開サマーディーの時、サマーディーに入定される時は、仏教で言えば、真如に去るので「如去」です。

反対に「如来」とは「真如から来生(らいしょう)する覚者」です。つまり、公開サマーディーで真如の世界から還られるときの猊下やヨグマタジは「如来」です。

ニルバーナを体験していない学者は、私の謂いに異論を唱えるでしょう。でも、先ずは体験してから反論していただきたいのです。

別に仏教用語を使わなくても構いません。所詮、定義は定義です。人によって基準は違います。仏教用語でなければ、ヨガの定義を使います。

ババジ猊下という公開サマーディーを数百回以上成就している本物の覚者の定義を紹介します。猊下は、私に以下のことを教えてくださいました。

「サマーディーには二種類ある。一つは“起こるサマーディー”だ。もう一つは、“意思の力で何時でも真如とマーヤ(幻想)の世界を往き来出来るステージのサマーディー”だ。

公開サマーディーをするときは、意思の力でサマーディーに入定しなければならない。サマーディーが起こるのを待っていたら死んだまま還ってこられなくなる。

土中サマーディーは、二日までなら誰でも出来る。三日目は酸欠で死ぬ。たった二日の間にサマーディー世界に入定しなければ、死の世界に行き、再びこの世界には戻れない」

簡単に言いますけれど、あの人類史上最高の覚者の一人である釈尊(お釈迦様)だって、ブッダガヤで覚醒するまで6年の歳月を要したのです。6年という短い時間で覚醒できた覚者は、歴史上そう多くはいません。それをたった二日で成就するのです。

「ヨグマタはいかさまだ」と宣(のたま)う方がいらっしゃいますが、ではやってみてください。100%の確率で貴方は死にます。

インド政府がイカサマ師を、“政府公認のサマーディーヨギ”として認めると思われますか?検証もしないと思いますか?インドのような大国がそんな馬鹿なことをできるはずがありません。

事実、解脱していない偽マスターが無理やり弟子に土中サマーディーをさせて殺してしまい、殺人罪で投獄されました。インドにも殺人罪があるのです。だから、公開サマーディーは禁止されています。

ただし、猊下は108回以上、ヨグマタジも18回も成就されています。それ故インド政府も例外としてお二方の公開サマーディーを認めているのです。

猊下の水中サマーディーの場合は、溺れ死ぬまで僅か数分の猶予しかありません。水中で息が持つのは数分です。溺れ死ぬのを恐れず、瞑想して無心になり、そして、無心を遥かに超えたサマーディー世界に往くのです。

氷中サマーディーの場合は、もっと厳しいです。試しに氷水の中に手を入れ続けてみてください。私は、猊下の修行したヒマラヤの聖地で雪解け水に手を入れました。たった数分で冷たいという感覚ではなく、火傷した時のような激痛を覚えました。極限を超えると人間の感覚は混乱します。

そのような人間の限界を超えて、泰然として無心になり、その無心を遥かに超えたサマーディーに入定できる覚者が現在この世界にいらっしゃるのです。何も知らずに、ババジ猊下やヨグマタジを批判されている方は、実に勿体ないことをされています。

ワールドピース・キャンペーン、地球環境保護、人類の覚醒のために、寝る時間を惜しんで利他行をされている猊下やヨグマタジの大慈悲に気づいてください。あなたご自身の霊的成長と母なる地球、そして生きとし生けるものすべてのために、心より祈ります。

最近は猊下の大慈悲を理解してくださる方が増えてきています。ヨグマタジの著作は近くのジュンク堂に行けば27冊も置いていました。精神世界コーナーの中で「和尚ラジニーシ」の著作を上回る時もありました。素晴らしいことです。

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個人的にも私はこのところ素晴らしい方たちとお会いできています。

私は皆様から、個人の感情を超えたユニバーサルな愛を感じています。感謝、感謝の毎日です。

Om Shanti Shanti!(愛と平和を!)

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